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旅育パパの『五大陸留学旅行』のススメ(何用あって毎月世界へ?)

若いときには旅をせよ! 30歳まで20カ国をバックパック旅してきましたが、これからは家族で5大陸制覇しながら『旅育』に励みます。異国の自然・文化・語学を吸収して『五感』解放国際交流!(体験=神経発生天才児を作る近道です)
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MF403(田舎でギバーライフ)【1日3分! 自宅でマイクロ農業】

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移住したばかりの頃、

私は1つ大きな悩みを抱えていました。

 

よそ者だから村八分に遭ったのかな?

家の改修で大工が勝手に施工することかな?

雪が吹き込んで部屋の中で積もることかな?

留守の間にテンが保存野菜を持っていくこと?

ネズミがパソコンのコードをかじって壊すこと?

冬季の水道管破裂や洗濯機凍結かな? 

村の人が家の間取りや帰宅時間を把握していること? 

野焼きのつもりが山家事を出しかけたこと?

朝5時から隣近所の人がやってくることかな?

地区活動が多くて時間とお金がかかること?

田舎の言葉遣いが分からず距離感が微妙なこと?

 

まあ上のようなこともありますが、小さな悩みです。

私が田舎暮らしを始めて一番悩んでいたことは、

「もらいすぎること」でした。

 

そういえば、アメリカに留学したときも

似たような感覚に襲われていました。

 

英語を話せずコミュニケーションはままならず、

テレビを見ても意味不明で笑えず、泣けてきます。

学校の宿題は徹夜をしても終わらない。。

 

レポートの提出の時には、家にパソコンを持っている

ちょっとリッチなネイティブにすがって

徹夜でタイピングと校正につきあってもらう。

 

寮の窓からベッドに朝日が差し込む頃には、

自分も相手もヘロヘロになっています。

なんとかレポートを仕上げると、

ネイティブは授業に出る気力なくバタンキュー。

 

悪いことしたなーという後ろめたい気持ち。

別の日に遊びに行ってお礼を言うと、

 

「いつでも手伝うのは喜んでするから、

 ただ、もっと早目に言って欲しいな。」 

 

と、にっこり。よかったー、ホッ!

もちろんちゃんと爽やかに時間帯のダメ出しもくらって

今までよりも、仲良く、親身につきあってくれました。

 

こちらは英語で気の利いた話もできず、 

相手が困ったり悩んでいる時も、何もできません。

語学力も、人脈も、知識も、地理感も全部ゼロ。

車どころか、自転車すらもっていませんでしたから

買い物に行くこともままなりません。

自分が誰かをハッピーにさせる提供するものがないのです。

 

それなのに、いつも気にかけてもらって、

食べさせてもらったり、遊びに誘ってもらったり、

たくさん愛情を注いでもらって、

とにかくこれでもかと与えられるばかりでした。

 

それでいて、彼らはいつも目が穏やかでキラキラしていて

生きていることが毎日すごく楽しそうで、愛の人で。。

そんな彼らのそばにいるとこっちにも伝染してきました。 

 

私はまるで「赤ちゃん」になった気分でした。

新しい世界で不安なことだらけの中で、何もできない

自分を見守ってくれている人たちがいる安心感。

 

でも、頭や心は大人のつもりだったので、

一丁前に自意識もあれば、言いたいこともあります。

もちろん、遠慮の気持ちや申し訳なさ。

 

心地よいのだけど、居心地悪いという

非常にアンバランスな感覚がいつもありました。

 

お返し文化の日本人の感覚なんでしょう、

何か返したい、でも何もできない。。

愛されているけど、情けない自分と向き合わされる

というジレンマに日々葛藤していたのだと思います。

 

その感覚が、田舎に来てまた盛り返してきたのです。

 

家の玄関の前に、来る日も来る日も野菜やキノコや

餅や苗やら、いろんなものが届きます。誰が持って

来たのかもよくわかりません。ものだけじゃなくて

いろんなアドバイスや情報ももらいますし、ご飯や

お茶をよばれたりして、人間関係も深まっていきます。

 

もらうばかりで何も返せるものがない。そりゃあ、

岡山名物大手まんぢゅう(人気!)とか桃や葡萄

といった高級果物なんかを、買えばお返しできます。

 

けど、そもそも町まで遠いし、お金がかかって

しょうがないじゃないですか! もらいすぎてるので。

 

「もらっても返すものがなくて、申し訳ないです。」

「ええんで。返す必要ねえんじゃけぇ。

 余っとるものをもらってもらっとんじゃから。」

 

ありがたいことにいつもそう言ってもらいます。

とはいえ…

  

赤ちゃんだったらまだしも、大人になってこれは

結構キツイです。自分が生きている場所で、誰にも

価値提供できない自分がすごく情けなくなります。 


- - - -

提供のつもりが押し売り 

- - - -

 

ちょっと都会風を吹かして、知った風なことを言うと

「あなたは田舎の良さを分かっていない。」と叱られ

以前も紹介しましたけど「明珠掌心」と諭されました。

 

出雲文化(参覲交代の宿場町だった新庄村)の影響も

あってか、言葉遣いも超丁寧なんです。街の中では

浮いたりすることのない私のアメリカ仕込みの

ロジカルでスピード感のある喋り方も、田舎では

「上から目線」の印象となり、即効アウト。

  

たくさん痛い思いをしました。

そんな気はないのに…。

  

むしろどちらかというと、自分の性格は「郷に

入りては郷に従え」で、我欲を通すこともしないし、

相手を拒否することも絶対しない平和主義者なのに。

  

極め付けに言われたのは「お前は素性が分からん。」

 

でも、それでハッとしました。 

 

ああ、そうか、この村の人たちは、生まれた時から

その人がどう育ったかも全部見聞きしているし、

個性、興味、教育、キャリア、親族関係、全部把握

しているので、つきあいがなくても想像できるわけです。

  

それと比べると、自分はどこの馬の骨とも分からない。

どこから来て、何者で、何をしようとしているのか。

全部謎です。彼らにとっては「脅威」だろうなと

理解できた瞬間があったのです。

 

移住者やよそ者が警戒されて、地元の人と距離が

できてしまうのはココなんだと。

 

たしかに逆に自分が昔からそこにいた村人で

新しい人が入ってきて、どんな人かよく分から

なかったら、怖いです。今までは玄関に鍵をかけずに

寝ていたとしても、その日からは厳重に戸締りして

寝るように生活スタイルを変えるかもしれません。

 

その人が毎日どんな暮らしをしているのか、

朝何時に起きて、どこに行っていて、どんな人と

つるんでいて、何をしているのか。

気になって、度々用もないのに家の前を車で

偵察に行ってしまうかもしれません。 

 

自分は村人にとって「脅威」なのにも関わらず、

悪口もたくさん言われまくりましたが、それでも

自分を人間として扱ってくれる人も多数いました。

 

自信をなくしていたある日、肩を落としながら

ポロリと近所の人に漏らしたんです。

 

「自分は何か役に立てる日がくるんですかね?」

「きますとも。きますとも。あなたが成功する

 日はきっときますとも!」

 

そういう返事が返ってきました。すごく逆風が

吹いていた時代のできごとでした。そんなときに、

まあいってみれば、近くに住んでいて自分の

行動パターン、性格、収入、周りからの評価、

だいたい全て知りつくしているはずの、ごく近所の

方がそのように自分を信じてくれていたことが

すごく励みになり、クヨクヨするのをやめたのです。

 

あるご婦人は悔し涙を流す私と一緒に泣いてくれました。

ある先輩は「気にせんでええ。悪口を言われる

ということは、注目されとるということ。やりょうる

ことは間違っとらん。」と言って、応援してくれました。

今でいう「嫌われる勇気」が持てたのもこのころです。

 

もし大勢から嫌われても、それでもあなたのことを

信じてくれて、大好きでいてくれて、ついてきてくれる

たった一握りから好かれていればいいんだそうです。

価値観の合う人たちとだけつきあってれば、楽だし

人生が楽しくなるし。それでいいんだと。

 

そうかぁ。憑き物が落ちた感じでした。

 

誰にでも好かれたいタイプだったので、中途半端

だったんですね。結局、みんなから好かれるというのは

みんなから本気では好かれてないということらしいです。

   

他のおばあちゃんからはこう言われました。

 

「あんたはようできた人じゃ。誰が何を言うても

 ええが。お天道様は見てなさるでな。」 

 

だよな、このおばあちゃんとお天道様さえ、自分の

素性をわかってくれたら、自分の評価としては上等だ!

  

だいたいこの時期を境に、私は外に出て活動するのをやめ、

自宅にこもり、業へシフトをしていくようになりました。

  

変にかっこうつけて「提供」しようとしなくとも、

まずはしっかり根を張ろうと考えました。

 

そもそも自分が提供できると思っていることが

この村の人たちが求めていることと違ったら、

それは「提供」ではなく「「押し売り」ですし。

 

だから、たくさんもらってもらって、受けて受けて、

身につけて。まずはこの村の色に馴染もう。

 

そして、村の価値観やフラストレーションに

寄り添い共感できるようになってきました。

 

この村の人たちが喜ぶことは何だろう、

脅威の存在ではなく、感謝の存在になるには

何が求められているのだろう?

 

そこを考えるようになったのです。

共感(究極理解)できると、何をしたらいいかが

自動的に見えてくるようになったというか。

 

 

- - - -

田舎=天才素材庫 

- - - -

  

そのうちに、だんだんと変化が起こってきました。

 

田舎暮らしをして、もうらうばかりで返すものがなかった

私も業をするようになって、作物ができるようになり

返すものを自分の手で作れるようになりました。

 

たとえば、コンニャク。

 

こんにゃく作りには自信あり〜MF403(田舎でギバーライフ)【1日3分! 自宅でマイクロ農業】 

 

たった500gのソフトボール大のコンニャク芋からも

一人では食べきれないほどのコンニャクができます。

だんだん作るのも億劫になってきて、作らなくなって

久しいという老夫婦にあげると、とても喜ばれます。

きっとお通じもよくなって、お腹がすっきりします。

 

原木椎茸が頑張ってくれるので自信あり〜MF403(田舎でギバーライフ)【1日3分! 自宅でマイクロ農業】 


かつては一大生産地だった新庄村の原木シイタケも

安い中国産に押されて作る人がいなくなり、規格外の

シイタケを持っていくとうれしそうな笑顔がこぼれます。

昔元気に山に木を切り倒しに行っていたことや、

共同で乾燥シイタケを作って出荷して、がっつりと

儲けていた頃の楽しい思い出が蘇ってくるはずです。

 

そして、またお返しの品が届いてしまうのですが…。

永遠のギブ・ギブ・ループです。

  

普段野菜をくれたりする人へ直接お返しすることも

しますが、ペイフォワード(次の人へギブ)も多いです。  

すると、コンニャク今度作ってみようかなとか、

シイタケ栽培挑戦してみたいという人も現れてきます。

 

するといつかはその人たちが、またギブできるものを

手にします。ギバーが誕生する瞬間です。

 

昨日のジンテーゼの話にも通じるのですが、

たとえばシイタケの植菌の仕方を教えてもらうとします。

これはよくある伝統的なアイデアA。

 

そしたら私はそのシイタケのホダ木を15cmくらいの

ミニサイズに切ってみて、卓上シイタケ栽培キットを

作って販売してみる。アイデアBです。

 

原木椎茸卓上栽培キット〜MF403(田舎でギバーライフ)【1日3分! 自宅でマイクロ農業】 


今まであった既存の知恵と、違う角度の知識や経験を

加味して、新しい価値観Bを生み出すと、今度はそこに

触発された誰かが新しいCという道を生み出す。

 

この繰り返しで、進化は続いていきます。

 

よく伝統文化や生活の知恵を継承していく大切さが

説かれますが、私たち人間はインプットが多ければ

多いほど、頭の中で「アイデア」「アイデア」を

融合させていき新しいものを生み出す確率が上がります。

 

これ(知識や経験の多さ)は、天才を生む素地です。

天才というのは、無から有を思いつく人ではなく、

あるものとあるものを組み合わせて今までなかった

概念・価値観を創造する力を持つ人のことをいうからです。

 

それだったら、誰でも天才になれるし…。

 

でも、日本に天才が少ないのはなぜでしょうか?

しかるべきインプットが全然足りてないからだ

というのは自明の理だと思うのですすけどね。

 

まあ、そんな目で田舎を見てみてください。

素地を作り上げる「素材」がゴロゴロしていますよ。

単なる一次産業の場ではなく、天才製造環境の場に

私には映っています。

 

だから、田舎暮らしはやめられません。

うちの息子8歳は、田舎暮らし3年目ですが、

天才の片鱗の匂いをプンプンさせています。

(漢字はからっきしダメですけど…) 

 

 

カンペシーノ

たかきーと


=ちょびスペ==================  

・天才=ヘニオ

(「屁、臭ぅ」みたいですね!) 

・なんてすばらしい!=ケ・ヘニアル!

(「毛、屁にある!?」)

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